魔女アイリスのブログです。
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バビロニアは乾燥地帯で粘土を乾かしてその上に楔で傷をつけて書く、という独特の楔形文字によるバビロニア文化に関する記録を残していましたが、その読み方が長い間忘れ去られてしまっていたため、誰も読むことが出来ませんでした。
そのため、かつて西洋ではバビロニア文化の知識を得られるものは、ギリシャ語やラテン語で書かれた古典や、旧約聖書に書かれている断片的なものしかありませんでした。
ところが、十九世紀からその楔形文字の解読が進み、今までにない新事実が次々とわかってきて、研究者たちを興奮させました。
バビロニアの占星術は今まで伝説としてギリシャ・ローマ文化の中で伝えられてきましたが、バビロニアの知識とともに十九世紀に楔形文字を記した粘土板をもとにして、近代的な研究が始まりました。
こうした近代的研究が始まったのは1853年3月7日だといわれています。
この日、アイルランド人のオリエント学者エドワード・ヒックスがバビロニア暦の月の名をふくむ粘土板を発見しました。
そして、1876年には、さらに同じような何枚かの粘土板が発見されました。
こうして、バビロニア占星術の研究が出来るようになったのです。
それ以来、占星術についての新しい粘土板が発見されて翻訳されれるたびに、新しい占星学の知識がどんどん加わっていき、ギリシャ・ローマの占星術とはどういったものだったのかが明らかになってきたのです。
また、バビロニア周辺の記録と比べて、バビロニアの影響がどうあらわれているかを追っていけるようにもなったのです。
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