当時名前はわかりませんでしたが、青くてきれいな石のペンダントを身に着けて出かけたことがありました。
友人がもうすぐ誕生日ということでプレゼントを買いに出かけたのですが、横断歩道を渡っている途中で信号を無視して猛スピードで車が走ってきました。
もう少しでぶつかるという時、いつもの私だったらば反応が遅れて間違いなく車にはねられていたと思います。
しかし、この時は車とぶつかるすれすれのところで体が動いてうまく車をよけることが出来たのです。
車はそのまま走り去ってしまいましたが、ひざをすりむいた程度でたいした怪我もなくすんだことは奇跡だと思いました。
服の汚れを払って横断歩道を渡りきったところで自分の体を確認してみると、ところどころ洋服が破れていたのと、車をよけた時にペンダントを傷つけるような転び方をしていないはずなのに、ペンダントの石が金具に一欠けら残っているだけでした。
石のかけらを見てみると、割れて落ちたというよりも粉々に砕けたというような感じでした。
石の欠片を探そうと信号が赤になったときに横断歩道に戻って見てみると、そこには石の欠片はひとつもありませんでした。
直径が4センチくらいの大きなペンダントだったので欠片がひとつもないというのはおかしいと思いました。
この時はただおかしいと思っただけでしたが、今になって思えば車に轢かれないように石が守ってくれていたのだと思います。
轢かれそうになった前日に友人が海外旅行のお土産としてこのペンダントをくれたので、身に着けたのはこの日が初めてでした。
このペンダントがなかったら私は事故で大怪我をするか、もしかしたら死んでしまっていたかもしれないと思うと今でもぞっとします。
私を守ってくれたペンダントには今でも感謝しています。
今日は私の紅茶コレクションの中からWEDGWOODのアールグレーフラワーズをご紹介します。
この紅茶は、ワイルドストロベリーシリーズの1つです。
WEDGWOODの「ワイルドストロベリー」は、時を重ねても不動の人気を誇る、脅威のロングセラーシリーズです。
その可愛らしいワイルドストロベリーの缶に入っているこのシリーズは私のお気に入りで(*^^*)
アールグレーフラワーズはセイロンティーと中国産茶葉のブレンドにマリーゴールドとベルガモットの天然オイルで香りづけされた紅茶です。
普通のアールグレーよりもベルガモットの香りが強く、アールグレーが好きな方にはお勧めの紅茶です。
ホットで飲むのがお勧めですが、アイスティーにしてもおいしくいただけると思います。
私は魔女になるまでキャンドルは「磨くもの」だということを知りませんでした。
魔女になる前はほとんどキャンドルというものを使う機会がなかったので、「磨く」という発想すらなかったのです。
祭壇で使用するキャンドルは必ず磨くようにしています。
キャンドルを磨くために必要なのは、
★キャンドル
★オリーブオイル(ない場合はサラダ油などでもOK)
★キャンドルを磨くためのきれいな布
これでキャンドルを磨くことが出来ます。
キャンドルを磨く方法は
★指に油を少量つけてよくキャンドルに刷り込む
★磨き布で油を刷り込んだところを良く磨く
この2つの作業をひたすら繰り返すことでキャンドルを磨くことが出来ます。
最初は油がキャンドルになじみにくいかもしれませんが、磨いているうちに段々なじむようになっていきますので、根気よく磨いてみてください。
磨きあがったキャンドルは表面がつるつるになっていて、つやつやと輝くようでとてもきれいです。
蜀台磨きの次に私はこの作業が好きです(^^)
祭壇や儀式などで使うキャンドルなので、磨かせていただけることは魔女にとっての喜びなのではないかと思います。
バビロニアは乾燥地帯で粘土を乾かしてその上に楔で傷をつけて書く、という独特の楔形文字によるバビロニア文化に関する記録を残していましたが、その読み方が長い間忘れ去られてしまっていたため、誰も読むことが出来ませんでした。
そのため、かつて西洋ではバビロニア文化の知識を得られるものは、ギリシャ語やラテン語で書かれた古典や、旧約聖書に書かれている断片的なものしかありませんでした。
ところが、十九世紀からその楔形文字の解読が進み、今までにない新事実が次々とわかってきて、研究者たちを興奮させました。
バビロニアの占星術は今まで伝説としてギリシャ・ローマ文化の中で伝えられてきましたが、バビロニアの知識とともに十九世紀に楔形文字を記した粘土板をもとにして、近代的な研究が始まりました。
こうした近代的研究が始まったのは1853年3月7日だといわれています。
この日、アイルランド人のオリエント学者エドワード・ヒックスがバビロニア暦の月の名をふくむ粘土板を発見しました。
そして、1876年には、さらに同じような何枚かの粘土板が発見されました。
こうして、バビロニア占星術の研究が出来るようになったのです。
それ以来、占星術についての新しい粘土板が発見されて翻訳されれるたびに、新しい占星学の知識がどんどん加わっていき、ギリシャ・ローマの占星術とはどういったものだったのかが明らかになってきたのです。
また、バビロニア周辺の記録と比べて、バビロニアの影響がどうあらわれているかを追っていけるようにもなったのです。
では、いつ人は天や星に関心を見せ始めたのでしょうか?
歴史をたどっていくと、エジプト・バビロニア・インド・中国などの古代文明になって初めて、人は天や星に関心を見せ初めて、星からのメッセージの必要性を感じるようになってきたようです。
しかし、どの文明も同時に天や星に関心を見せ始めたわけではありません。
天や星に一番早く関心を見せ始めたのはバビロニアだったのではないかというのが今では定説になっています。
占星術には古い歴史がありますが、占星術のような「天の知識」を伝えたのはいったいどこの誰なのでしょうか?
ヘロドトスの「歴史」やストラボンの「地理誌」のような古代ギリシャ・ローマの古典や、「旧約聖書」などを見てみると、カルデア人という東方の賢人が、ギリシャ・ローマの文化の中に、占星術や天文学などの「天の知識」を伝えたとされています。
これが西洋の文明の中で「カルデアの知恵」として伝説化されて伝えられてきました。
カルデア人とは、紀元前七世紀に最後のバビロニア帝国を建てた種族です。
カルデア人は自分たちこそバビロニア文化の後継者であると自覚していました。
彼らの国が紀元前六世紀にペルシャによって滅ぼされ、生き残った人たちが西のほうへと流れてきて、ギリシャ・ローマ文化の中に自分たちが受け継ぎ守ってきたバビロニアの文化を伝えたと考えられています。
だから、カルデアの知恵といえば、一般にバビロニア文化のことと考えていいと思います。特に、占星学や天文学の知識は彼らの専門と考えられていました。